STORY #1
21歳の深瀬は、大学をあと1年で卒業という春、人生の舵取りのイメージもわかず、今日もまた、あてもない旅に出かけていた。
空に雲がたなびく。時間だけは、あった。
「海が、見たいな」 ふらりと乗った電車の終点で降り立った女川駅。
駅前からまっすぐ海に向かう。
テラスでぼおっと、体育座り。
冷たい冬の波を小さく屈んで眺めているうち、自分の呼吸以外の音がどんどん消えていく感覚になる。
それから少し経った。後ろから足音がし、男の子に声をかけられる。
「ね、何してるの?」
男の子は、ヨウスケと名乗った。人懐っこい、笑顔をしている。
「・・えっと、なんとなく、ここに来たんだ」
「へえ、なんとなく。いいね、それ」
しばらく無言で、2人で海をのんびり眺める。船が、時々行き交っている。
午後6時の音楽が街に流れ出し、気がつけば、2人の後ろに長い影が伸びていた。
不思議。数時間前にこの街に来たばかりだけど、なぜか不安な気持ちにならない。
「ね、名前を教えて?」
「・・僕は、深瀬。21歳。今日初めてこの街に来たよ」
「深瀬くんか。女川に来てくれて、ありがとう。僕は、ヨウスケ。僕も、21歳なの」
同い年!と言おうとしたら、深瀬はくしゅんとクシャミが1つ出た。
「海辺だから、夕暮れは寒いよね? よかったら、あのお店に行かない?」
振り返ると、お店たちにオレンジの灯りがつき始める。そこの一角に、みんなが夜な夜な集まるビール店があるという。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは。今日は夕暮れがキレイでしたね」
ほどなく、木目のテーブルを囲み、元気な町の男性からばあちゃんまで老若男女が集い始める。
「お、ヨウスケ。元気だったか?」
「ヨウスケ。あの新しいアイディアどんな感じ?」
入り口でいろんな大人に頭をポンと叩かれ、彼はなんだか楽しそう。
「こちらは深瀬くん。さっき初めて会って、連れてきました」
「深瀬くん。女川へようこそ〜」
さっきより大きくポンポン頭を叩かれ、深瀬も肩の力が抜けていく。
みんな、笑顔であれこれと話をしてる。いい、雰囲気だな・・・。
でも、人の輪に入るのはまだちょっと慣れない。深瀬は窓の外に視線を移す。
一人の女の子の姿を見やり、小さく深呼吸をし、カウンター向こうの静かなマスターの近くに行ってみる。
「深瀬くん、今日来られたのですか?」
「はい。しかも、なんとなくこの駅に降り立ったんです・・・」
賑やかな笑い声の隅で、深瀬は小さく、何もできない自分、何がしたいかわからない自分への戸惑いと焦りを、マスターに話していた。いや、正確には、マスターに引き出されていた。
「いや、私も、このお店を始めてから、気づいたことがあるんですよ」
マスターも小さく、でも落ち着いた声で話し出す。
「お店を作ったのは、大好きな女川の町に、集いの場を作りたかったから。でも、作って感じたのはそれだけじゃなかった」
「えっ? それは、なんですか」
「お店は、オーナーの自分自身が、毎日違う自分に出会う場でした」
「自分に、出会う・・・」
「毎日夕方、鍵を開けて、誰もいない店に1人で居る時、自分自身の心に耳を澄ませる。前の日にはたくさんお客さんが来たけれど、翌日は何時間も、そのまま誰も来ない日もある。最初の頃は、誰かを待つごとに、焦りだけが募ってきた」
マスターはグラスをそそぎ口に当て、静かに琥珀色のビールを注いでいく。丁寧な彼の手元を、深瀬はずっと見つめている。
「でも、ある時、深瀬くんみたいに海を眺めていた時、思った。待つこととは、今をただ見つめることだって。その環境に身を委ねて、今のあるがままの自分を受け入れるってことだったんです。
例えば漁師の仕事もそうで、気候とか海流とか波の高さとか、いろんなことを、毎日、待っている。今日は釣れないかもしれない。明日も釣れないかもしれない。
でも、背を向けずに、海をずっと見てる。そんな日を重ねた後に、大きなお魚が釣れたりすると、その喜びは何倍にも、何倍にもなって返ってくる。『待てば海路のひよりあり』の通りだなって」
グラスを見つめながら、さっき見た夕暮れがもう一度、深瀬の心に戻ってきた。
「自分以外に誰もいないこの空間で、たくさんの時間を過ごしているからこそ、誰かが来てくれた時、ほんとうに嬉しいって分かったんです。自分に耳を澄まし、目をそらさなければ大丈夫ですよ、深瀬くんなら」
そう言って、女川生まれの地ビールを差し出された。
「深瀬くん。
来てくれてほんとうにありがとう」
動きながら、待てばいい。焦らなくていいよ——。
駅舎の先、山の遠くに星が小さくまたたいている。深瀬はこのお店を入り口に、この町に受け止めてもらえる気がして嬉しかった。
未来ドキュメンタリー Vol.1
【 女川小説 / 女川少年 】
第2章に続く
LOCATION
女川で出会える場所と人
FUKASE at
ONAGAWA STATION / 女川駅
2015年3月21日に開業、建築家の坂茂が設計。白く大きな屋根は、羽を広げるウミネコがモチーフ。駅舎と温泉温浴施設「女川温泉ゆぽっぽ」が一体となった施設で、3Fの展望デッキ(無料)からは海や駅前を一望できる。
FUKASE & YOSUKE at
Garuyabeer / ガル屋Beer / 木村優佑さん
この町に来たら「まずガル屋」。日々町内外の人が集い盛り上がるお店。オリジナルの「女川ホップペール」はじめ、こだわりのクラフトビールが味わえる。