STORY #2
翌日。
その日も海を見ていた。
この町には駅の近くに温泉が湧いていて、湯あがりに海を眺められる、畳敷きのラウンジがあるのだ。
たまたま降り立った女川だけど、深瀬は、この小さな町を、なんだか自分を受け止めてくれる大きな器のように感じ始めていた。
待つこと、か・・・。
とはいえ、大学もあと1年で卒業だし、どうするんだろう、僕。
「どうしたんだい?」
僕と同じように顎肘をついたばあちゃんが
突然寄ってきて話しかける。
「さっき、小さく鼻歌歌ってたじゃろう」
「はっ」
まさか聞こえていたとは。3つも隣の席に居たはずなのに、とんだ地獄耳だ。
「音楽が好きなんかい?じゃ、行こか」
ばあちゃんは突然ランニングで海に向かって走りだす。足元は最新のスニーカー。
「この町には『復幸男』という坂道を走り登る行事があるんじゃが、いつも私は男性の仮装をして登場するんじゃ。おととしまで50年間、1位の座を逃したことがなかったんじゃ」
じゃあ、昨年は負けちゃったのかな・・・。
聞こうと思うと、その姿はもう小さくなる。ばあちゃんのピッチは常人のそれではない。
「わあ、びっくりした」
「君は昨日、ビールのお店に居た彼じゃろうか?」
「はい。僕・・・これから、何をしたらいいのかなと思って」
ギリギリ付いていった先は、木の匂いがする場所だった。
そして、立てかけられているのは、たくさんのギター。
「結局、一言で言うと」
爽やかなキャップ姿のお兄さんが両手を広げて話してる。彼がもしや、ギター屋さん、なのだろうか。
「とにかくもう、世界なんだよね」
「えっ」
「若者よ、ようこそ。ほら、このサインを見て」
「O NA GA WA って書いてあります。えっ、メイドインJAPANじゃなくてですか?」
「フェンダー、ギブソン、リッケンバッカー・・・この世界には、たくさんの有名ギターブランドがある。で、僕たちもこの町から、世界に届く新しいギターを作り続けることが目標。ギターは海を越えるし、音楽は世界中で鳴っているでしょ?」
お兄さんは一呼吸置いて語り続ける。
「僕はこの町の出身じゃないけれど、この町に来た時に、海を見て、この海を越えるものを作るって決めたんだ。だから、君と同じように、毎日海を眺める時間を持ってる。
その姿は、一見何もしてないようだけれど、僕にとってはそれはもう、かけがえのない時間さ」
しかしなぜ、海を眺めてた僕を知ってるんだろう。
鼻歌はばあちゃんにばれてたし・・・。
この町での行動は、一事が万事、筒抜けなのだろうか。
ちょっと動揺しつつも、展示されたギターの木目を見つめていると、なんだろう、気持ちが落ち着いてくるのだった。
「これは新しく出したブランドね。アジアとかアメリカからもオーダーを受けて、この工房で僕たち自身が作ってるの。興味があったら、ゆっくり説明するから、また遊びにおいで、若者」
「えっ、ほんとですか?」
ばあちゃんの勢いに押されて入ってしまったけれど、気がつけばここは、日々、思いのこもった1本が生まれる、とても神聖な場所なのだった。
お兄さんの言葉は、深瀬の心を捉え続ける。
「いい音は喜びや感動を生むし、いい音のもとに人は集うって、僕は信じてる。そしてそれは世界中、どこでも同じなんだ。なんだかワクワクしてこない?」
ばあちゃんはさっきのスニーカーでリズムを鳴らし、エアギターを抱える真似して頭をブンブン振り回している。
「ね、君も一緒に海を越えてみようよ?」
海を越える、か・・・。
この町ではみんな、海を眺めることが日常だ。
でも、ただ眺めてるだけと思っていたらそれは違う。みんなそこに、いろんなものを「見て」いるんだ。
待つことだったり、海の先を見据えていたり・・・。
帰りに見た海は、朝に温泉から眺めていたそれよりも、きらきら、またたいているみたいだった。
未来ドキュメンタリー Vol.1
【 女川小説 / 女川少年 】
第3章に続く
LOCATION
女川で出会える場所と人
FUKASE at EL FARO
カラフルな外観が目を引く、トレーラーハウス型の宿泊施設。「灯台」の名の通り、女川滞在時の温かな拠点に。手ぶらBBQも可能。2017年夏、女川駅の隣に移転しリニューアルオープン。
FUKASE & BAACHAN at YUPO'PO / 女川温泉ゆぽっぽ
女川駅舎の1・2F部分にある温泉施設で、女川温泉の源泉が引かれている。浴室壁面には、日本画家の千住博による「霊峰富士」のタイル画が広がる。入浴後は、畳敷きのラウンジでくつろごう。お土産や温泉水の販売も。
FUKASE & BAACHAN at
GLIDE GARAGE / 梶屋陽介さん
駅前商店街・シーパルピア女川内のギター工房。広々とした空間で、オリジナルギターの製造や、中古ギター、ベースのメンテナンス・セットアップが行われている。見学自由。