STORY #4
その日も海を見ていた。
ヨウスケくんと会うのは午後2時。それまでに、寄る場所がひとつあるのだ。
今日は一人ぼっちだけど、もうきっと大丈夫。
海を見て深呼吸した後、ギター工房のドアを開ける。
「おはようございます。
この間、ばあちゃんに連れてきていただいた——」
「ああ!深瀬くん。おはよう。待ってたよ。
どう? 世界を見たくなった?」
思わずホッと頰が緩む。先日のお兄さんが今日は、工房の作業スペースで、ギターのボディ部分を丁寧に磨いていた。
「や、君を待ってたのは、正確にはこっち」
この間、工房の奥に積まれていた1本が、今、目の前にあって。
「見てて」
滑らかに、細やかに。
スタッフの手作業と機械での調整を合わせながらの、美しい1本が生み出されていく。
「木の目もひとつひとつ違うから、1本1本のギターとは、唯一無二の出会いなんだよ」
電動の板のこが美しい直線のカットを描く。その隣には、ギターの微調整と仕上げをする機械が休みなく動く。
1000分の1ミリという単位での調整によって、オリジナルモデルはもちろん、各地から預かるギターの細かなメンテナンスにも対応しているのだそう。
目の前で広がる光景に、深瀬はすっかり引き込まれる。
金属のフレームを、つやのある木で表裏から挟み込んでいるみたい。
「そう。僕たちのブランドの肝である、クリアで厚みのある音の秘密はこれ。木部と金属パーツの工法は、東北の職人さんと共同で開発したんだ」
「まさに、メイドイン 東北、ONAGAWAですね!」
「うん。だからこそ、奏でる音も、それとともに届けられるといいよね」
深瀬は海の向こう、どこかの町で鳴る、このギターの音を想像した。
「とにかく、デザインも機能もうんと新しいことを込めてるから、挑戦する気持ちがある人にこのギターが届くといいなと思ってるんだ」
「・・・」
なんとも迷いのない横顔は、今の深瀬には眩しすぎた。
「お兄さんを見ていると、眩しいくらいです」
「あはは。僕は君の太陽、なんちゃって笑。 いや、思うに、1人ひとりが、誰かをきっと照らしてるよね、この町は。上から照らす人もいるし、足元から夜道を照らす明かりのような人もいる。それは太陽と、夜釣りの明かりみたいだなって思ったりね。
自分はこの町で、この世界で、どんなポジションを取りたいか? なんてことも、ここに来て思ったこと。逆に、知らないうちに、向いてるポジションを教わることもあったけどね。いつもいつも、考えてるよ」
「ポジション、ですか!」
——僕にとっての、ポジション?取る? 役割とは、また違うのかな・・・。
さらに。
工房の奥には、さらなる驚きが待っていた。
「うわあ!このフレーム、かっこいい!」
「あっいけない! お兄さん、また来ますね」
もうすぐ午後2時。ヨウスケくんとの約束の時間だ。
コワーキングスペースは目と鼻の先ながら、深瀬は急いで走りこむ。そしてばあちゃんが今日もまた、深瀬をひょいと追い抜いて走りこむ。
「創業本気プログラム」と銘打たれた会場は開始前だというのに、参加者の熱心な質問で沸き返っていた。参加者に囲まれた背の高いお兄さんは背中を丸め、 みんなと視線を合わせて会話している。
「洋介さん! 今日もありがとうございます!」
あ、ヨウスケくんだ。ここにも眩しい横顔が居た。生き生き、してるなあ。
「深瀬くん、こっちこっち。前に座って」
明日の朝、町の人にプレゼンを聞いてもらうために、最終の準備中のようだ。
ヨウスケくんは、昨日言っていたように、
高校を出てからパソコンで自分で勉強して、ITで起業することを目指している。
で、この創業本気プログラムは、町の人が学べるように、
各地の起業家やコンサルタントのような、いわば「先輩」が2カ月間集中して、
彼らに伴走していくものらしい。
ヨウスケくんの他には、お料理のお店を立ち上げたい人や、おばあちゃんたちがお茶っこできる移動スペースを作りたい人など、さまざま。
しかも、女川を拠点にしなくてもいいみたい。
プレゼンは15分間と決まっているけれど、そこに、どんな資料と、どんな言葉をもってして、自分の考えをアウトプットしていくのか。会場は、準備とはいえ真剣だ。
シンプルな資料の一方で言葉数の多い人も居るし、体全体で思いを伝えようと、会場を縦横無尽に動き回る人も居る。
個性は、それぞれ。だけど、どこまで考え抜かれたものであるか、情熱がそこに入っているのか、そんなことは、正直に伝わるもので、特に、彼らの横顔には、それが映し出されている感じ。
洋介さんと呼ばれるお兄さんは最後にこう言った。
「なぜそれなのか? どのように伝えるか?
たとえば【どのように】のノウハウは、僕たちはいくらでも教えることができる。でも、【なぜ】の情熱の部分は、誰かから借りてくることはできません。
とにかく、借りものではなく、自分の熱が、まずは全ての起点です。それさえあれば、あとは新しくスタートを切るだけです。自分に耳を澄まして、明日はそのままの自分を出してください」
深瀬はプログラムの塾生ではないけれども、全身がスポンジ化するかのごとく、この体験を浴びていた。もし、女川に降り立った意味があるとすれば、「自分の熱」に出会う時間を、神様がくれたのかもしれなかった。
最前列の席で、深瀬はヨウスケのプレゼン画面を網膜に映しながら、脳内のもう一つの考えに没頭していると——。
「深瀬くん! 聞いてくれた? 僕のプレゼン」
ヨウスケくんが呼ぶ声がする。
「あっ! ヨウスケくん!どうもありがとう」
「ありがとうって何?」
「いや、えっと、聞きながら、僕は僕と会話してた」
「深瀬くん、それ、面白いね。さすがヨウスケの友達だね」
洋介さんは再び、目線を合わせて話してくれる。
「もちろん、聞かせて」
「・・洋介さんの、熱って何ですか?」
「まずは、未来がやっぱり良くなってほしいなと思ってて」
「僕も数年前は、何かしたくて、とにかくウロウロしていたんだ。
それでこの町に出会って、初めて、この町の未来と、もっと多くの人の未来が良くなるための、接点が見つかった気がしたんだよ」
「自分だけじゃなくて、周りの人の熱を着火したら、あとはその人たちの熱が高まっていくように動く」
「みんなが、みんなの情熱を持って動けるようになったら、ほら、未来がなんだか楽しそうじゃない?」
「あの、僕からも質問があります」
隣のヨウスケくんの頷きぶりはすごい。ヨウスケくん、本当に洋介さんが好きなんだね?
「実は僕、本当の名前はコウスケなの。でも、洋介さんに出会ってから、自分の名前も本名じゃなくて、ヨウスケに言い換えることにしたの。名前を呼ばれる度に、初心を思い出せるでしょ。」
「えーっ!!!」
「そう。可愛いいやつなんだよ、ヨウスケは。明日も、応援してあげてね」
笑顔で別れた。外は少し寒かったけれど、深瀬の心はぽかぽかとしていた。
未来ドキュメンタリー Vol.1
【 女川小説 / 女川少年 】
第5章に続く
LOCATION
女川で出会える場所と人
FUKASE at
GLIDE GARAGE / 梶屋陽介さん
クラフトマンによる製造~販売を行う。GLIDEオリジナルモデルはテレキャスタータイプの「GLIDE SERIES TL-01」(写真左)と、研ぎ澄まされた美しさを持つ「QUESTREL SWOOD」(写真中)の2ライン。GLIDE は「GUITAR LIFE DESIGN」から。
FUKASE & YOSUKE at
Camass / 女川フューチャーセンターCamass / 小松洋介さん(NPO法人アスへノキボウ)
駅の隣にあるコワーキングスペース。名の通り、小松さんが代表を務めるアスヘノキボウの「創業本気プログラム」会場や、5~30日間女川暮らしを体験できる「お試し移住者」の拠点になるなど、新しいチャレンジが生まれる場所。