STORY #7
その日は、海を背にしていた。
深瀬はちょっぴり、せつなかった。
この町に居ると、こんなに笑顔になれて、刺激と気づきがたくさんあると知った。
そして、仮に。「この町にずっと居たいな」と表明したら、なんとなくだけど——みんなが歓迎してくれて、「ずっと居なよ」って言ってくれそうな気だってするのだ。
感謝しかない。
だけど。
だけど、このままここに居て、本当にいいのかな。
来月から、大学も新学期が始まる。
この、どうにもならない思いを抱きしめて生きるとしたら、僕の取る道とは——
そこにはビール屋さんが居て、
ギター屋さんが居て、
かまぼこ屋さんと
魚屋さんが居て、
洋介さんとヨウスケくんが居て、
そして町の顔になる人が居た。
横顔は、正直だ。夢中がそこに映し出されていて。
彼らの話を聞いている時、とても幸せな気持ちになった。
そして同時に、聞いている自分に降りかかってきた。僕は、どうなんだろう。僕は、どうしたいんだろう・・・。
この町に着いてから、深瀬はずっと、彼らの、横顔を見ていた。
この町に来るまでは、そこで誰かと比べてしまって八方塞がりになって、体育座りのまま、頭があげられない気持ちになっていた。
でも今は、少し、違う。
今は、比べるんじゃなくて、違う誰かに、ヒントをもらう感覚なのだ。
例えるならば、土の中に眠っていた種が小さな光を受けた時、少しだけ芽を出すか、出さないか。
春を待つ植物のように、その気配を感じる瞬間が時に訪れ、深瀬の胸は疼いた。
まだ名前のない、その疼き。
まだ形のない、その新しい芽。
でも、それは確かにそこにあったのだ。
風が止んで、あたり一面、静けさだけが広がる、この町の朝6時。
3月だけれど、太陽の光も弱く、まだ春の気配はない。
そして、海まで続くこの道に、まだ誰の気配もない。
——振り返って、いつものあの鼻歌を、ちょっとだけ歌ってみたけれど、ばあちゃんは走ってこない。
——ヨウスケくんは、まだ寝ているかもしれない。
——そして会えないままのキョウコちゃん・・・。
——あの日から、少しずつ消えそうなピアノの音だけが、スマホの中に小さく残っている。
今日の予報は晴れ。きっとあと1時間もしたら、いつものように、ここでみんなのおはようが聞けるだろう。
でも、もう少しだけ、僕は僕になる。
「この町に、ありがとう。迷ってた僕、さようなら」
始発の列車に乗り、深瀬は女川から姿を消した——。
未来ドキュメンタリー Vol.1
【 女川小説 / 女川少年 】
第8章に続く
LOCATION
女川で出会える場所と人
深瀬が1週間を過ごした女川の町には、駅前商店街のシーパルピア女川はもちろん、ドライブで海に出たり、トレッキングできる山や離島などに足を伸ばす楽しさもある。出会いから生まれる旅、それが女川らしさ。女川人と触れ合って、女川人の愛する場所を教えてもらいながら、一期一会の体験を。
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【フレッシュ生ジュース】
シーパルピア女川の相喜(あいき)フルーツは、1939年から女川で果物販売を続けるお店。季節の恵みを存分に味わって。
【味噌おにぎり】
ころんとした形と、ほんのり香る味噌の風味で、どこか懐かしく、ほっとする存在。女川温泉ゆぽっぽで販売中。